盛岡地方裁判所 昭和43年(わ)55号 判決 1968年8月21日
被告人 黒淵子
主文
1被告人を懲役二年六月に処する。
2未決勾留日数中六〇日を右の刑に算入する。
3押収してある猟銃一挺(昭和四三年押第三六号の一)および鉛弾六個(同号の二)を没収する。
4本件公訴事実中脅迫の点については被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和四三年二月一〇日午後六時頃から岩手県和賀郡湯田町三〇地割八二番地旅館一休館一階広間において、高橋健一(当時二四年)等三〇名位の者とうさぎ狩り後の宴会に加わり、飲酒しているうちに、相当酩酊したところ、同日午後七時五〇分頃、右高橋健一から「女中に早く歌わせろ」と執拗にからまれたうえ、さらに「あにい、俺とやつてみるべ」「外に出ろ」などと言われたため、年下の者から馬鹿にされたものと痛く憤慨し、同人の挑発に応じ、外に出てけんかをしようと心を決め、同人とともに同広間を出て同館玄関まで出たが、同人が被告人より体格がよいうえ、暴行の前科を有する者であることを知つていたので、素手のままでは一方的に殴られると思い、同館玄関内に置いてあつた自己の猟銃一挺(昭和四三年押第三六号の一)で威勢を示せば、同人から殴られずに済むものと考え、右銃を手にして同人の傍で銃の遊底をことさらガチヤガチヤさせたが、同人がこれに気付かず先に表に出て行つたので、同人から無視されたものとさらに憤慨の念を強め、同人の出方如何によつては銃を発射してやろうと考え右銃に散弾実包一発(同号の二はその一部)を装填し、同旅館北側前道路上に立つている同人に右銃を向け、身構えたまま同人から約三メートルの至近距離に近づいたところ、同人が被告人に対し殴りかかるような素振りを示したので、被告人は猟銃を相手に向けて発射すれば、あたり所によつては当然相手を死に至らしめること予想しながら、とつさに同人めがけて右銃を発射しその下腹部に命中させたが、同人に対し約二〇〇日の入院加療を要し、かつ後遺症の残るおそれのある右下腹部膀胱損傷破裂、下腹部筋肉損傷の傷害を負わせたにとどまり、同人を殺害するに至らなかつたものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二〇三条、一九九条に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し、右は未遂であるから同法四三条本文、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入することとし、押収してある猟銃一挺(昭和四三年押第三六号の一)および鉛弾六個(同号の二)は判示犯行の用に供した物で犯人以外の者に属しないから同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
(一部無罪の理由)
本件公訴事実中脅迫の点は
被告人は昭和四二年二月末頃の午前一〇時頃、和賀郡湯田町三四地割三三番地の自宅付近路上において、同所をブルドーザーを運転し、除雪作業中の上杉正(当四七年)が自宅出入口に雪を残したまま通り過ぎたことに腹を立て、自宅より猟銃一挺を持ち出して右上杉を追いかけ、同人に対して猟銃を構えながら、「人を馬鹿にした、家の前に雪を落しておりながらそのまま行くとはなんだ、ぶち殺すぞ」等と怒鳴り同人の身体に危害を加えるような気勢を示して同人を脅迫したものである
というのである。
案ずるに証人上杉正、同泉川宗一、被告人の当公判廷における各供述および被告人の司法警察員に対する昭和四三年二月一六日付の供述調書を総合すると被告人は前記日時頃前記自宅前付近道路をブルドーザーを運転して除雪作業をしていた上杉正(当時四七年)が自宅出入口に雪を残したまま通り過ぎたことに腹を立て、自宅玄関に置いてあつた猟銃一挺を持つて、前記ブルドーザーを追いかけて追いつき、右銃の銃身の先端でブルドーザーの運転席の窓ガラスを叩いて合図してブルドーザーを停止させて前記上杉に対し、右銃を手にしたまま「唖だか畜生だか、人ならちやんと雪を払つて行け、人でなく畜生ならぶつ殺すぞ」と怒鳴りつけたことが認められる。
ところで被告人の右言動を脅迫すなわち一般に人を畏怖させるに足る害悪の告知と解すべきかどうかという点について考えると、前掲各証拠によれば、被告人として以前にもブルドーザーのため自宅出入口とそこにある飲料用水道に雪を押し込まれ、注意したことがあつたのに、これが再びくり返されたことに腹を立て、文句を言いに行つたのであるが、上杉は被告人が銃を持ち、何か大声でどなり、その言葉の中に「ぶち殺すぞ」というような言葉があるのを聞きはしたものの、その時上杉としても被告人が雪のことで文句を言いに来たものであることを容易に察し、銃を持ち出す程の重大なことではあるまいと考えたので、被告人が銃を手にしていることは認めたが、これで撃たれるかも知れないという危険は感ぜず、ブルドーザーの運転台のドアを開け「話せばわかるでないか」と被告人をたしなめたところ被告人もすぐに立ち去つたものであることが認められ右のような前後の具体的状況に照せば、被告人の前記言動も相手が被告人の所持した銃であるいは撃たれるかも知れないという危険を感ずる程度のものではなく被告人の所持した銃や前記言辞も、相手方の行為よつて受けた迷惑に対する憤懣を相手に伝えようとするための咄嗟の表現方法とも解せられる程度のものであつて、未だもつて人を畏怖せしめるに足る害悪を告知した言動と断ずるには足りないと解するのが相当である。よつて右脅迫の点は結局犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し、右の点につき無罪の言渡をする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 村上守次 白石悦穂 鈴木勝利)